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                      ←(なあ、ちょっと聞きたいことがある)

うん、珍しいな

質問があるなんて、どんなことだい?    ←(うるさい、前回の全部壊れるとはどういう意味だ)

 

そういうことか。

とても、簡単なことさ。

私たちは、最終的に死んでしまうからだよ。  ←(死か。)

そうだよ。

 

この肉体をもった人生はいつか終わる。

それが、肉体の死だよ。

このことについて、書いてみようか。

 

  死

 

これが、私たちの最大の恐怖だからね。

いつか、必ず死が訪れる。

死なない人は存在しない。

 

この死を、どうとらえるかというのも、とても大切だ。

よく、精神世界で「死は存在しない」と

言われているが、死は存在しているのが事実だよ。

 

その死を、どの様にとらえるかだけが問題なんだ。

肉体の死精神の死この違いにだけ焦点を当ててみよう。

この死については、このほかにも見方があるけど

この際、問題を簡単にするために二つに絞って書いていこう。

 

まず、肉体の死

これは避けることができない。

生まれたときから、私たちは死ぬことを定められている。

生き続ける人はいないからね。

 

それと、精神の死

ここが問題を複雑にしている。

私たちの、精神をどのように捉えるかによって

答えが変わってくる。

 

精神を個別の思考と、捉えると

これは、肉体の死のとき一緒に消えてしまう。

ここでいう、個別の死はカルマなんだ。

 

ここで言っている死は、いままで、書いてきたカルマのことであり

それが、個別の死によって消えていくものなんだ

死によって、恐怖は感じられない

感じられないのは、恐怖ではないんだ

個別の死によって、恐怖は消えているんだよ。

 

それではない精神もある。

それが、全体意識と言われるものなんだ。

 

いままで、こころちゃんとして捉えていたものが

その全体意識になるんだ。

全体意識(こころちゃん)は、死ぬことはない。

全体意識(こころちゃん)は、いつまでも生きていくことができる。

全体意識(こころちゃん)は、宇宙そのものなんだ。

 

カルマは必ず消えていく

それは、死という形をとるときもある

事故による、肉体の欠損

病気による、肉体の破壊

時間の経過による、肉体の老化

 

そのすべてのことを、カルマの開放ととらえてるのが

ヨガの中にある。

死は、悲しいことだけど

カルマの観点から見方を変えると、カルマの解放ととらえることもできる。

 

瞑想は、カルマの解放を目標にしている。

解放は恐怖からの解放でもある。

だから、死と、開放は同じ意味を持つと言えるんだ。

この考えは、まず思考では受け入れることができない。

論理的、道徳的に必ず反発が起きてくる。

 

でも、カルマはいつか

必ず壊れて消えていく。

それが、いつかは誰にもわからない

私にも必ず死が訪れるし

その時は、次の瞬間に起きるかもしれない

 

それも、ダルマなんだ。

流れの中にあるもの、流れのまま生きてくこと

瞑想は、カルマの開放を進めてくれる

十分なカルマの開放が終わった後に

 

豊かな流れを感じられるようになるために瞑想をしよう

伝えているんだよ。

 

それだけのことさ。

理解できたかな?(#^.^#)         ←(全部を理解できていないけど)

                     ←(言いたいことは、なんとなくわかる)

それは、よかった(#^.^#)         ←(新しい、疑問もあるが)

どんな疑問だい?(?_?)          ←(なぜ、モノクロなんだ?)

あまりにも、シリアスだからさ。

面白、おかしく書くことができないテーマだからね  ←(なるほど、配慮か)

 

ああ、いま苦しんでいる人もいるし

悲しみから抜け出せていない人もいる

その様な問題を、触るときには注意しないと

こんなところでいいかな?       ←(ああ、死が解決するわけではないことが、分かった)

 

それで十分さ

その通り、現在進行形のことだよ     ←(お前がモテないのと一緒だな)

 

 

・・・・イツカ・・・・モテルト・・シンジタイ・・

 

 

いつかは必ず死ぬ、それでいい

それまで生きて苦しむ、それでいい

すべては、終わるときがある