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瞑想・上級編9

生命、命

今日書いていくことは、とても慎重にならないと

あまりにも、身近でとても大切なことですから

 

私たちの命とは、何をもって指し示すのか?

限りある命から、永遠の命をどのようにとらえるのか?

永遠の命を知ることを、理解できるのか?

 

永遠の命は、知識ではとらえられません。

私たちの知識は、分離されているから

全体から分離された個人には、永遠にあるものを捉えられることができないのです。

 

知識は、伝えることができます。

でも、知識でとらえられるのはある一面性だけであって

そのすべてを捉えることは、絶対にできない。

 

命は、分離されたとき限りあるものです。

そこには、いつも死があります。

死ぬことと、生きること(命)はセットになっています。

 

私たちの命は、消えることはない

私たちの体は、カルマによって作られ

そのカルマが消えるとき、体も消えるから

 

体を作っているカルマ

そのカルマの中に、すべての設計図は隠れています。

その設計図によって、私の体は作られて

そして、消えていきます。

 

でも、私たちの本当の姿は

この体ではないのです。

永遠の存在である、全体の意識が本当の私です

 

だれでも、健康で長生きしたいと願っています。

自分自身もそうです。

でも、この体に何が起きるか誰にも分かりません。

 

今日、いきなり事故にあって死んでしまうこともあります。

その死は、避けることのできないもの

仏教でいう四苦八苦です。

 

死は必ず来ます。

病気にもなる可能性は誰にでもあります。

いつも何かに、苦しむことも必ず感じます。

 

その苦しみは、私たちが望んだこと

すべての苦しみを感じて

わたしたちの、カルマを開放するために必要なこと

 

なぜ苦しむのか、それはこのことにつながります。

永遠の命を知るために、生まれて死んでいきます。

瞑想は、この知識を得るために手助けをしてくれる