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ELM・カルマ

おはようございます。

今日も、瞑想の勉強を一緒にしていきましょう。

カルマはどんなもであるのか

前にも書いてみましたけど、また別の角度からこのことをかいてみたいとおもいます。

 

 

質問者:啓発とはカルマがない状態であるということができるでしょうか?

 

ボブ:イエス

 

質問者:執着や何かに注意を向けることはカルマでしょうか?

 

ボブ:啓発はカルマから自由になることです。

   それでもカルマはまだ残っています。

 

この質疑応答について、詳しく見ていきましょう。

私たちは本来、愛と光の存在でした。

これが私たちの本質です。

純粋な光、純粋な愛、ただそれだけです。

ある思考が出現し、その思考自体が創造物され始めたのです。

宇宙に形態が創造され始めたときに、創造された形態はすべて流動的で固体化していませんでした。

蒸気は濃縮して水になり、水は凍結して氷となります。

惑星はもともとは、固体化していませんでした。

長い時間をかけて、ゆっくりと凝縮し固定化していったのです。

もともとは、宇宙のいかなるものも固体化していませんでした。

すべてが流動的だったのです。

そして、常に流れの中にありました。

そこにはいかなる抵抗もありませんでした。

宇宙の始まりのころは、摩擦が存在しなかったのです。

摩擦は、宇宙創造からしばらくたった後に発生したのです。

 

では、何が摩擦を作ったのでしょうか。

摩擦とは、私たちが動きの途上にあるものに、ブレーキを踏んだ時に発生します。

毎回思考が浮上するたびに、私たちはブレーキを踏んでしまいます。

思考を判断してしまい、それに基づいて思考を止めようとします。

私たちは「許可をもらっていない」「これを言ったら受け入れられない」「もしこれをやったら認められる」などと色々言い訳をします。

こうして、私たちは思考を編集し表現し、あるいは特定の資質だけを好むようになったのです。

 

摩擦は、このように作られました。

摩擦は、私たちの行いのすべてにカルマと抵抗を作り出します。

この摩擦は、内側で抑圧されたまま保たれ、表現されるのを決して許されません。

長い時間をかけて、摩擦は蓄積されていき、そこに圧力をかけられて、カルマはさらに凝縮されていきました。

ダイヤモンドは、もともとは石炭の塊だったものが、長年の間、圧力をかけられて凝縮されたものです。

私たちは、常に圧力をかけ続けています。

これによって私たちのカルマや肉体は、凝縮して固まってしまったのです。

 

レムリアの時代には、私たちは非物質的存在でした。

世界中のどこを探しても、レムリア文明の痕跡を見つけることはできません。

レムリアの考古学的な残留物は一切残されていないのです。

レムリアの人々は、光の存在でした。

数百年後のアトランティスも、物質文明ではありませんでした。

500万年~750万年前のどこかでも、何らかの出来事が起こり、その後、私たちは、物質的な存在になったのです。