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ELM・エゴとは何でしょうか?エゴをなくすとはどういうことでしょうか?

また、このブログに来てくれてありがとうございます。

今日はエゴについて一緒に学びましょう。

あまりいい意味で使われていない、エゴというものがどんなものか

書いてみたいと思います。

 

 

エゴは、この3次元の人生を生きていくなかでの基本的な資質の一つです。

では、エゴとは何でしょうか?

エゴとは、マインドが何かにフォーカスする(焦点を当てる)能力のことです。

私たちは、本質的に宇宙的で無限の存在です。

私たちが人間の肉体を受肉したときに、様々な制限をされてしまいました。

この制限の一部がエゴです。

私たちは、アイデンティティそしてエゴを持っています。

エゴとは、あなたが何かに注意を向けたもの以上のものでも、以下のものでもありません。

エゴがないと、私たちは適切に日常を送ることができないのです。

 

エゴをなくすことについて、いろいろなことが語られています。

確かに、私たちはエゴをなくしていく必要があります。

私たちの意識が拡大して、根源(空)を経験するためには、フォーカスするのをやめて、何かに集中することをやめることによって、瞑想中に愛の力を機能させなければなりません。

意識の表層から深層へと向かうためには、フォーカスし続けることはできません。

リラックスして手放すのです。

 

マインドに思考やフィーリングが浮上したり、肉体に何らかの感覚を感じたときは、それに意識を向けないでください。

「これは何だろう?」「どこから来たのだろう?」「ここから出ていって!」などと考える必要はありません。

カルマが開放されている時に、それを分析する必要はないのです。

それは重要なことではなく、理解する必要もありません。

重要なことは、それを開放しているという事実だけです。

ただ、「さよなら」と言ってください。

この先に必要のないものを、それが何だったのか理解する必要はないのです。

ただ、それが去っていくことに感謝してください。

マインド、思考、肉体で起こっていることにフォーカスしてしまうと、プロセスをスローダウンさせてしまうのです。

リラックスして、何かにフォーカスしていることに気がついたら、ただそのフォーカスを手放してください。

愛のフォースが、マントラとともに自然と私たちを深い領域へとみちびいてくれます。

私たちは、本質的に宇宙的な存在です。

私たちが、フォーカスを手放すと意識は再び宇宙的な状態を達成できるように導かれていきます。

 

瞑想を終えて日常の生活に戻ったら、私たちは再び何かにフォーカスする必要があります。

私たちのエゴが、それを助けてくれます。

エゴは本来明晰で健全なものです。

そして、行動を完結する能力を私たちに与えてくれます。

 

では、不健全なエゴとは何でしょうか?

不健全なエゴとは、何かにしがみついてそれを決して手放さない状態です。

そうすると、苦しみと混乱が発生します。

エゴの機能はフォーカスすることですが、人生は常に変化をしています。

マスターたちは、「人生とは動きの途上にある神の現れだ」と表現しています。

エゴは、神の大海のなかでどのように動いていくかを学ぶ必要があるのです。

もしエゴが過去の出来事やマインドの中の観念にとらわれてしまったら、人生が与えてくれる新しいギフトを発見することができません。

不健全なエゴを変えていくためには、永遠の愛の瞑想を実践することが役に立ちます。

それによって、エゴはフォーカスを手放して、信頼することを学んでいけるのです。

この信頼によって、エゴは神と一体化できるのです。