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ELM・ブッダの虚空

また、このブログに来てくれてありがとうございます。

今日も、エターナル・ラブ瞑想の学びをしていきましょう。

 

 

ブッダは、「最も高次の状態はただ空っぽになること」であると語りました。

私はこれを、「何も知らない」状態と呼びます。

私たちが何かをすでに知っていると考えてしまうと、それ以上を知ろうとしなくなります。

そこで認識が止まってしまい、マインドは頭の中の観念のみに注意を払います。

それ以上何も学ばなくなり、愚か者になってしまいます。

マインドが何かでいっぱいになっているときには、これ以上他のものが入るスペースがない状態です。

 

自分がまだ知らないということを認識している場合は、私たちの認識はさらなる知へと開かれています。

私たちが、どんな時でも「何も知らない」状態にいることができれば、そしてどんな時でも空っぽの状態にいることができれば、ハートやマインドに入ってくるイメージを歪めずに、そのまま知覚することができます。

空っぽになるとは、決して鈍感になるとか受け身になるということではありません。

それはただ空っぽで、ひらかれていて、ひたすら受け取ることのできる状態です。

 

ブッダはまた、人間の振る舞いで最悪のものは「プライド」であると表現しました。

彼はプライドについて、「すでに何かを知っていると考えること」と定義しました。

プライドによって、これ以上物事を見ようとしなくなり、注意を向けなくなってしまいます。

これは、最悪の無知の形態です。

自分がいかに物事をしならないかに気がついて、マインドを開いて空っぽにしようとすると、よりマインドフルで意識的な人生へと変化していきます。

毎回瞑想するたびに、マインドは虚空の中に落ち着いていき、その状態になれていきます。

永遠の愛の瞑想を実践し始めて、少し経った頃には、マインドとハートの両方がより静かで意識的になります。

虚空の状態にいれば、さらに知ることができるし、さらに行動することができます。

そして、さらなる愛が育っていくのを感じることができるのです。

 

瞑想を初めて、一年くらい経過した人たちが、「時々自分が何も頭で考えていないことに気がつきます」あるいは、「とてもリラックスしていてマインドの中で何も起こっていないことがある」などというのをよく聞きます。

これは正しい状態です。

マインドが色々なものでごちゃつかせる必要などないのです。

もし私たちにとって必要なことだったり、覚えておく必要があるなら、それを忘れることはありません。

そのことだけをマインドにとどめておけば十分です。

それに付随する他の思考の数々は必要ありません。

私たちはマインドのゴチャゴチャによって疲れ果てています。

私たちは考えすぎなのです。