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ELM・マントラ/ヤントラの伝授と瞑想法

またこのブログに来てくれて

ありがとうございます。

また、エターナル・ラブ瞑想の

学びをしていきましょう。

 

プージャの儀式が終わるころには、あなたの意識はビジャマントラそしてマントラを受け取る準備ができています。

そして、教師のマインドも同様に、内側深くの根源(空)から無限のパワーをつたえる準備ができるのです。

 

マントラは永遠の愛の静寂の奥深くから、とても静かな振動またはパルスとして上昇してきます。

そして、言葉による音節の形態をとります。

それが静寂から意識の表層へと完全に上昇してくるころには、言葉になっています。

 

そして、教師がその言葉をあなたへと伝えてくれます。

このように、口伝によってマントラが伝達されていきます。

先に説明したように、マントラというのは言葉ではなく微細な振動なのですが、伝授の際には分かりやすい生徒へと伝えられなければなりません。

このため、ビジャマントラが伝えられる時には、言語や音節として発音することで伝えられるのです。

 

教師たちが、あなたが正確にマントラを発音できると確認した後は、あなたはそのマントラを内側へと取り込んで静かに座るだけです。

残りの過程は自動的に行われます。

 

快適な姿勢で座った後は(ヨガのようにねじ曲がった姿勢で座る必要はありません)マントラは自動的に弱まって消えていきます。

マントラは言葉ではなく独特な振動の種なので、内側のパルス(脈動)として知覚されます。

あなたが愛の波のパルスを感じられるようになるにしたがって、あなたの意識はとても微細なレベルで成長していきます。

 

瞑想の最中には、何度もマントラの感覚を失ってしまいます。

それは、マントラに焦点を当てようとするマインドの気をそらして、さらに深くへと導いていくためなのです。

もし瞑想中に、心の内側でマントラの言葉を繰り返し唱えるだけだったら、マインドは決して深くへ入ることはできません。

より微細な振動が、私たちの意識を開き、根源(空)へと導くのです。

 

毎回瞑想をするたびに、そのとき使いたいビジャマントラとヤントラの組み合わせを、教師から教わったように意図します。

しかし、一度マントラとヤントラを意識した後は、それが自動的に弱まっていき、快適なパルスや微細なフィーリングだけが残ります。

マインドをこの微細なフィーリングにゆだねることによって、マインドはスピリチュアルな愛の無限のパワーの源へと目覚めていき、究極的には啓発に至るのです。

 

これについては、のちにさらに詳しく説明します。

いまの段階では、マントラは私たちが通常経験できるよりも深い領域へ連れていってくれるということを理解するだけで充分です。

マントラは、私たちの限界の一歩先へと連れて行ってくれます。

 

マントラには先にそこへ行ってもらって、あなたの意識をマントラについてい行かせてください。

瞑想中は様々な思考がマインドに浮上してきます。

それは問題ありません。

そのような思考は、カルマが開放されているときに起こるものです。

マインドが内側の静寂に落ち着いた途端に、私たちのカルマや摩擦が揺さぶられて、宇宙のリズムに再び同調しようと動き出すのです。

 

カルマが私たちの肉体を揺らした場合には、瞑想者にはそれが肉体的にな感覚として表れます。

時には、落ち着かず全くリラックスできないように感じることもあります。

このようなことは瞑想が正しく行われているからこそ起きるものです。

決して瞑想ができていないわけではありません。

 

ほとんどの場合、瞑想中は思考や何らかの形のメンタル的なイメージや動きなどでいっぱいになっています。

通常の思考、ナンセンスな思考、白昼夢のようなものです。

それらに意識を向けないでください。

マインドが魅力的にな旅を経験したり、何か重要に感じる思考がわいた場合であってもです。

それは重要なものではありません。

これは視覚化のための瞑想ではないのです。

 

もう一度繰り返しになりますが、それが普通の思考であっても、突拍子もない思考であっても、あるいは白昼夢でも夢のような冒険だったしても、すべてが肉体やマインドの奥深くで緩んだカルマが開放それている結果なのです。

 

視覚化はとても楽しいものですが、ほとんどの場合現実とは関係がありません。

これは本当のことです。

視覚化によっていい気分にはなりますが、神聖な意識の微細な波へとは連れて行ってくれません。

私たちの理解がさらに深まったときに、この理由は詳しく説明します。

 

いずれにしても、この瞑想は視覚化を目的にしたものではありません。

ただ、マントラによって作られた愛の波にゆだねているだけで、マインドはさらに深くへと導かれていきます。

マントラが微細な振動やパルスへと変化していくと、私たちの意識も精妙で鋭敏になります。

瞑想を始めたばかりのころには、その微細な変化には気が付かないものです。

 

マインドがこの新しい経験を知覚できるように調整されるためには、継続的な練習が必要になります。

一度マインドが調整されると、それはとてもパワフルで安定感がありけっして日常の嵐による影響を受けることはありません。

それは、嵐のないところで燃えている炎のように安定しています。

 

瞑想を始めたばかりの人が、最も陥りやすい間違いは、瞑想中に何も起きていないと決めつけてしまって、マントラを何度も何度も繰り返してしまうことです。

しかし実際は、新しい瞑想者が混乱してマントラを繰り返していて、微細な振動やパルスを創り出しています。

残念ながら、私たちはまだこのような新しい微細な経験には慣れていないので、その振動を見誤ってしまいます。

 

こんな時は、瞑想があまり楽しく感じられず、新しい瞑想茶は瞑想を続ける気がなくなってしまいます。

これは悲劇です。

最も素晴らしい祝福は、ささやかな形でやってくることが多いものです。

永遠の愛の瞑想では、マントラはとても微細であるため、なかなか見つけることはできません。

ですが、マンタらが消えてしまうことによって、根源(空)の無限のパワーという恩恵が得られているのです。

 

私自身の瞑想の経験として、瞑想中に起きてくるものは、ほぼ間違いなく間違った認識を捉えています。

 

瞑想は思考を超えたものを、与えれくれます。

そのほとんどは、間違った認識です。

瞑想中に思った素晴らしい発想は捨てて下さい。

必ず間違っているから

エターナル・ラブ瞑想はとてつもなく強力なツールです。

瞑想を続けていること自体が祝福につながります。

どんなことが起きても、エターナル・ラブ瞑想を信じて続けることを進めます。

また明日、ブログを書きます。