正見。

仏教の教えの中にある、「正見(しょうけん)」これは、物事を正しく見ることですが、人間にはこれができない。

 

私たち人間は、物事を自分の外に起きているように見てしまうから。

出来事は全体の現れでしかない

その中に自分があって、出来事が起きていることに気づいていない。

 

もともと、自分はなく全体があることに気づていない。

気づいていても、それがどのように、自分がとらえているのかも気づいていない。

 

出来事は、私が望んだもの

起きてきた自分の感情は、自分のもの

その感情を刺激しているものは、私の望みそのもの

 

感情を刺激された対象を見るのではなく

刺激された自分の感情を見ること

そして、その感情を受け流すこと

 

その行為そのものが、「正見」です。

出来事にとらわれない

自分の感情を受け流す。

全体を見つけること。

 

言葉にすると、とても訳が分からなくなる

でも、実感するとすごく簡単なこと。

瞑想がその境地に連れていく

自分がいない、全体しかない。

納得するまで、瞑想を続けていく

 

その場所は、あなたの中にある。